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新都社で漫画を描いています
・「ひとりぼっちのケリル」(2012/12/14更新・連載中)
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・「ふわ〜り」(2010年夏ホラー漫画企画作品)
◆絵本(新都社文芸)
・「チャリティー・マラソン」(2012/08/31 読切)

2005.06.20

おはぎ論(画像:梅雨)

今、みん太が作ってくれた3種類のおはぎがある。粒あん、きな粉、黒胡麻。初めて作った時は粒あんときな粉の2種類だったんだけど、今回は私の大好きな黒胡麻が!!
確か青海苔のおはぎも存在したような…と思って調べてみたところ、あんこ、きな粉の他に、関西では青海苔があるのに対して、関東では黒胡麻ということらしい。私はずっと関東なので、黒胡麻の方しか食べる機会がなかったんだけど、青海苔もやるべきなのかも知れん。
もし青海苔おはぎ文化圏の人で黒胡麻を食べたことがない人がいるのなら、絶対食べるべし!ぷちぷちが残るくらいで、でももち米の水分を吸ってしっとりと濡れるためにある程度細かくすり潰した胡麻に、砂糖とほんの少しの塩を混ぜたら、うま過ぎるから、絶対!!

それにしても、おはぎはうまい。和菓子の中で最強なのでは…と思う。最中もすっごい好きだけど。あと団子もかなりうまい。それにくず餅も。しかし、おはぎは特別である。なぜおはぎは特別なのか、というのを考えてみた。

まず長持ちしないっていうのがあると思う。クッキーよりケーキの方がありがたみがあるみたいな感じで。頂いたり買ったりしたら、数日のうちに食べなきゃならないものでしょう。それにやっぱり普通の市販のお菓子(ポテチとかチョコとか)と違って、そんなに頻繁に食べるものじゃないっていうのがね。(それは人によると思うけど。)

とは言うものの、私は子供の頃はそれほど和菓子が好きではなかったんだよね。お土産とか贈り物でもらう和菓子とかって、あんまり子供向けじゃないというか、そんなに嬉しくなくて、クッキーとかチョコレートの詰め合わせみたいなやつ(綺麗な缶とかに入ってる)の方が「やったー!!」って感じだったんだよね。デパートのそういうお菓子って滅多に食べられないんだもん。すごい薄いクッキーの巻いたのとか、クリームの挟まってるのとか、チョコレートの全部違うやつなんかどれから食べようって思って小さく折ってある説明の紙とか読んだりして…。

ところが大人になるにつれて、和菓子の特別さにすごい夢を感じるようになってしまった。和菓子と一緒に頂く緑茶の美味しいこと!あんこって甘すぎて子供の時は抵抗あったんだけど、今食べるとその甘さが妙に嬉しいんだよねー。
おはぎって、中のもち米にちょっと塩味があるから、あんことのバランスが完璧にいい。甘いだけじゃないから、お腹が空いてる時でもぱくぱくと食べてしまう。ご飯とおやつの中間って感じ。
甘味と塩味がこんなにうまく融合してるお菓子って他の国にもあるんだろうか?しかも食感の豊かさと言ったら…。均一になってなくて、米のつぶつぶ感が残ってるからいいんだよな〜。

あとおはぎが特別な理由っていうと、形かな。楕円形の。食べる向きが決まってるのとかって、実は大事なことなのかも。楕円の尖ってる方から食べるから、ひと口目が美味しいんじゃないかな。苺を先端から食べる時みたいな感じで。ショートケーキとかピザとかって、ただ均等に分けるために放射状に切ってるのかもしれないけど、先端のひと口目をぱくっと食べる時が一番幸せじゃない?

それから、寿司もそうだけど、ある程度手間が掛かってるっていうことも大事なことなのかもしれない。もちろんやり始めちゃえばそんなに大した手間じゃないんだけど、ひとつひとつ形を作るっていうのがね。大きいケーキを切って食べるのとちょっと違って、初めから誰かの手でひとつの完結したものとして出来上がる訳であって、そのひとつに込められたものを自分が食べていいっていう贅沢なんだよね。おにぎりとかもきっと、だから嬉しいんだよね。

しかも、やっぱり嬉しいのがバリエーションがあるってことなんだよね。だからみん太の作ってくれた3種類のおはぎはとても嬉しい!みん太はこういう時に手を抜かないからな。私なんかつい、作業工程をシンプルにしたいって思っちゃって、その大事なところができてない…。前も書いたけど、ひとつ気に入ると同じお菓子とか料理ばっかり、執拗に作っちゃうからな。
見た目に同じものが並んでるよりも、ちょっとずつ色んなのがあった方が夢を感じるのは間違いないしね。自分の幸せのために少し多めに手間をかけて、本当の価値を演出するっていうのが大人だよね。みん太はそこのところが分かっているので非常に偉かった!
梅雨
画像:梅雨
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posted by はなほの at 21:44 | らくがきと文章
2005.06.15

梅酒と梅ハチミツ煮を作った(画像:なでこ)

最近みん太が頑張っているので、私も何か新しいことに挑戦しようかな〜と思い、初めて梅酒を漬けることにした。実家でも梅酒漬けてたんだよなー。あの頃氷砂糖が美味しそうだな…とか思ってるだけで、親のやってることに何の関心も持たずにいたけど、もうちょっとそういうことを見たり手伝ったりしておけばよかったな。(いや、そんな余裕はまったくなかった。)

しかし梅酒は作り方を調べてみたら実に簡単。早速梅を買いに行くことにした。安いといいけど…。そもそも梅酒を作ろうと思ったのは、スーパーでチョーヤの梅酒(でかい紙パックに入ってるやつ)が600円引きと安くなっていたのを買って飲んでいたら美味しかったので、これは自分でたくさん作ればいいのでは…ということからだった。だからせっかく作っても梅が高かったらどうしようかな〜と思っていたら、何とスーパーのおつとめ青梅が1s150円になっていたので、大喜びで3袋買った。
私たちはおつとめ品とか半額シールのやつとかをよく買う。買ってきてもすぐに調理するとは限らないので、全然気にしてなかった。(貧乏でケチだし。)

あとはホワイトリカーと氷砂糖なんだけど、近所はあまり安くなかったので、頑張ってちょっと遠い酒屋まで買いに行った。(徒歩で!)さて、材料が揃ったら早速取り掛からねば!!こういうのって勢いでやらないと、いつの間にかものすごく気が重くなってるから。しかも梅がおつとめ品なので急がねば!
梅が3sあるので、2sは梅酒、1sは梅ハチミツ煮(梅ジャム)を作ることにした。ハチミツ煮は前にも土鍋で作ったことあるんだけど、初めてやった時、適当でいいんだろうと思って煮詰めながら混ぜないで放っておいたら、焦げて鍋の底は固まってるし、溢れてコンロの下までハチミツがこぼれていた。ものすごい鬱だった…。

昨日のうちに取りあえず下準備としてそれぞれを水に晒しておいた。梅は種が熱を持つっていうのを読んだんだけど、つけておいた水がちょっと温まっていたのでびっくり。
まずはハチミツ煮から作った。水に晒す時間は4、5時間でいいらしいんだけど、少し面倒になって先延ばしにしてるうちに6時間くらい経ってしまったので「しょうがない、やるか…」と立ち上がった。爪楊枝でヘタをとって実にぶすぶすと穴を開ける、という作業。前にもやったことがあったので、やり始めたら結構没入していた。
それが済んだら水で2回茹でこぼして、ハチミツで煮るだけ。ハチミツを加熱したらさらっとした液体になるのが感動。ちゃんと混ぜながら煮詰めたので普通に成功した。梅の溶け出たハチミツのあまうまいことと言ったら…。ちょっと体調悪かったんだけど、ひと口舐めるだけでもすっきりして本当に元気になるよ。即効性あるんだよね。

しかし一気に梅酒にまで取り掛かる元気はなく、ちょっと長いかな〜と心配だったんだけど、水に晒したまま寝てしまった。4、5時間っていうのも読んだけど、ひと晩水に晒すって書いてる人もいたし。だって瓶を消毒したりするのがやたらと面倒なんだもん。
今日起きて、朝食を食べた後、頑張っていよいよ梅酒に向かった。ありゃ〜、ちょっと長かったかな?結局12時間以上水に晒したことになったけど。「ひと晩」とは一体何時間のことを言うのか…?何かちょっと傷んでるやつもあるな。まあいいか、やろう…。

また昨日と同じようにヘタ取りと穴開け。しかも昨日の2倍。アルコールに漬けるとはいえ、ハチミツ煮みたいに加熱する訳じゃないから、丁寧に水気を拭いてひとつずつくっ付かないように並べていた。その作業をしてたら、私がだんだん弱って限界を迎えそうになっていることにみん太は(ギターの練習をしていた)気づいて、「頑張って偉いね〜。可愛いね」と言って励ましてくれた。
しかし終盤に近づくにつれて、傷んで私に後回しにされた梅の実をひとつずつ丁寧に仕上げ、朗らかに微笑みながら作業している私に気づいて、みん太は「何でついに悟りを開いたの?病人をひとりずつ治して仏になったの?」と言っていた。

その後は楽しい作業。梅と氷砂糖を瓶に交互に入れていった。そしてホワイトリカーをとくとくと注いでいった。しかし途中で気がついたのは、明らかに瓶が予定していた量の半分の大きさしかないということだった。梅と氷砂糖をそれぞれ2sずつ入れた時点で瓶の大半が埋まり、ホワイトリカーを2パック入れる予定が(入れる前に無理なことはもう分かっていたが)1パック(1800ml)分入れたところでかなりいっぱいになっていた。梅の体積を無視していたために、これなら2パック入るよなーと思って、あまり考えずにやってしまった。く、悔しい…!
しかしもうひとつ大きめの瓶があるので、これからそっちに分けてリカーだけ足すことにした。何だか簡単なはずなのに色々大変だったけど、来年はもっと手際よくやるぞー!取りあえずやってよかった。あとは待ってるだけで梅酒ができる。ばんざーい!!
暫く経ったらかちゃかちゃ言ってるので「?」と思ってみたら、氷砂糖が溶けて梅が浮く音だった。可愛いな。

あとそう言えば、昨日はにんにく醤油というのも作ってみた。私たちは、にんにく、生姜、ネギなど薬味的なものが大量にあれば大満足なので、野菜や肉などの食材がまったくない時でも、いつも切らさないように常備している。何年か前までは自炊が本当に苦手だったので、お腹が空くとにんにくを2個分くらい剥いて、ビニール袋に入れてレンジにかけてほくほくに柔らかくなったやつに、ただ味噌を付けてもりもりと食べていた。そんな時代もあった…。
にんにく醤油の作り方は実に簡単。そうじゃないと次やるのが何年後になるかわからない…。にんにくを縦にスライス(と言っても3、4等分にした。好みでいいと思う。)して醤油に漬け込むだけ。私は唐辛子も入れてみた。(どんなおかずでも大抵は鷹の爪を2、3本種ごと細かく切って入れるのが常。)明日くらいには使ってみようと思う。漬けるって楽しい!!
なでこ
画像:なでこ
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posted by はなほの at 22:29 | らくがきと文章
2005.06.12

庭の草は食える!ドクダミ生活到来その2(画像:けが)

今朝目が覚めたら蚊に刺されてたので、急いで蚊取り線香を焚いた後、みん太がドクダミの葉(常に抜いてきたドクダミを根ごと水に浸して灰汁を抜いている)を刺された箇所にぐりぐりと塗ってくれた。すーっとして気持いい!子供の頃田舎のお祖父ちゃんの家で怪我した時とか虫に刺された時、お祖父ちゃんがアロエのぬるぬるの汁を塗ってくれたのを思い出すな…。市販の虫刺されの薬よりも何か嬉しかったな。
私はケミカルなお薬を飲むのとかあんまり好きじゃないので、頭痛や生理痛でもなるべく飲まないようにしている。(でもケミカルお菓子は食べまくっている。)何かカタカナで色んな成分が書いてあるけどありがたみなくて。(しかし塗り薬などを塗る時は山盛り塗ってしまう。)

できれば体のメンテナンスは自然のものに頼りたい…と最近つくづく思うようになって来たんだよね。ドクダミ湯に入ってるせいか(最近健康ブームなので色んな理由が考えられる。詳しくはまた今度)、今日は顔がつるつるしてるので、さっき買い物してる間もやたらと触っていた。基本的にお肌のお手入れとかめんどいのでいつも適当なんだけど(女じゃない!)、肌の調子がいいのは嬉しいもんだね。
そういえばさっきも薬局でドクダミとかカキ葉やヨモギなど、うちの庭に生えてるものがお茶として結構高値で売られていたので、二人で「これは飲まねば!!」と言っていたのだった。

どこの空き地にも繁茂してる雑草が、食べられる上に薬効成分が多いっていうのだから、ちょっと勇気を出して色々試してみようと思う。今のところうちの庭にあって目をつけてるやつだけでも、カキ葉(これはもうお茶として飲んだ。茹でた枝豆みたいな匂いがして美味しかった!)、イチョウ葉、笹(お茶に)、ヤブカラシ、セイタカアワダチソウ、ヨモギ…と、色々ある。
まだ試してないやつ、美味しければいいな。でもこれらがあんまりブームにならないとしても、既にドクダミが普通の食材として使えることがわかっただけでも大収穫だな。

ドクダミは、今までに、お浸し、餃子、味噌汁、甘辛炒め、サラダうどんなどにして食べた。
お浸しは初めておかずとして食卓に並んだ料理。茹でてカツオ節と醤油で食べた。「普通に美味しいじゃん!」って感じで箸が進んだのだった。歯応えも好き。
餃子はみん太が皮から作ってくれた。餃子を作ること自体初めてやったんだけど。最近本当に色々挑戦してるな。生活がすっかり変わってきた。餃子の具はドクダミ、長葱、生姜、挽肉を味噌で味付けしたもの。焼き餃子で食べたんだけど、これは本当に美味しかった。長葱と生姜が入ってるので、ドクダミの青臭さは気にならないし、逆に香味として効いててすごくいいメニューだったと思う。
味噌汁は普通に合う。ドクダミは味噌と相性がいいようだ。茎に少し酸味があるのが美味しい。茎は繊維がすごいので細かく切った方がいいかも。
甘辛炒めは砂糖醤油と唐辛子で炒めた。酒のつまみにいいと思う。葉が柔らかいので、たくさんやっても火を通すと少なくなる。

あとは…、サラダうどんは野菜にゆかりとカツオのつゆのかけて作ったんだけど、そこに生のドクダミを刻んでみた。ついにドクダミを生で!これはベトナム!……うーん。美味しいんだけど。ちょっと青臭いかな…。何ていうか、これは、お勝手のドアを開けた時の、湿気と共にムッと立ち込めるドクダミの匂いそのままじゃないか。…そりゃあそうか、という感じだけど。「嫌いじゃないけど、うどん全体がドクダミの味になってしまうと結構癖はあるな…」という感想だった。私がそう言ったら、みん太はへこんでいた。「でもきっと、ドレッシングかけたり、肉や魚と一緒に食べれば美味しいと思う」という結論になったら、みん太は納得していた。

これからもさまざまなドクダミ料理にチャレンジしたいと思います。とにかく体の調子は最近とてもいいので。体のメンテナンスや生活に新しい習慣を取り入れるのが趣味になってきた。そもそも無駄な金を使わずに生活したいっていう動機で始まったのかもしれないけど。最近は本当に人間らしい暮らしができるようになってきたところだった。
けが
画像:けが
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posted by はなほの at 18:44 | らくがきと文章
2005.06.11

庭の草は食える!ドクダミ生活到来その1(画像:ぐすん。)

みん太がちょこちょこと家庭菜園をやっているので、うちの庭一面にびっしり生えているドクダミを、去年までは雑草としてせっせと抜いていた。しかし去年の夏、みん太のお腹の皮膚が菌に侵されたため、ドクダミを生のままぐりぐりとすり潰したものをお腹に貼っていたらすっかり治ったので、薬として大変に効果があることはその時に身をもって知った。
それにしてもその時は、悪性の病気だったらどうしよう!と思い、本気で調べまくった。初め薄かった斑点(火傷の痕みたいなやつ)が、だんだん濃くなってお腹に広がっていったので、とても怖かった。軽い皮膚の病気だということが分かって本当に安心したのだった。ドクダミの効果は本当にすごくて、始めてから数日で薄くなり始めて、3週間くらいで跡形もなくすっかり治ってしまった!

以前から「ベトナムではドクダミを生のまま食べる」というのをよく聞いてはいたけど、その挑戦は何となく先延ばしにしていた…。しかし、そもそも家庭菜園は自給自足を目指して始めた訳だし、栄養や薬効成分が豊富で、しかもうちの敷地内に抜いても抜いても無限に生えてくるドクダミを、食材にしない手はなかった。
5日くらい前に、みん太がついにドクダミを茶として飲み始めた。私も飲んでみた。煮出した葉っぱも食べてみた。庭に生えてる匂いそのままだけど、口にしてみると別に思ったほど癖はない。それが、ドクダミ生活の始まりだった!その後、さまざまに調理して食べることになる…。
食べられるのは分かってたんだけど、いつでも庭にあると思うとつい後回しにしちゃってたんだよね。みん太がいつも一歩踏み出してくれるので新しい時代が訪れるのだった。偉い!いつもすっかりはまってしまうんだもん。

母親が昔よく「お祖父ちゃん(母にとっては父親)たちが子供の頃は食べるものがないほど貧しくて、地面の草を食べて飢えを凌いでいた」という話をしてたので、その時の私の中のイメージとしては、痩せた子供がしゃがんで草をぶちぶちむしって口に入れているという絵があった。その時は「ちょっと前まではそんな暮らしをしてたなんて…。今は何て裕福なのだろう!」と思い、そういう時代がまた来たらどうしよう…とひやひやしていたが、そういう時代は今まさにうちに訪れていた。しかも、とても華々しく…!
かつて当たり前に薬草として食べてたものを、多くの人が食べ物として見なくなってるなんて残念だ。まずくて栄養が少ないのならともかく、知識さえあればその逆なんだもんねえ。

それから風呂に入れて、ドクダミ湯も試した。ドクダミ全体(花も葉も茎も根も)を目の細かい網の袋(うちでは洗濯用の網袋)に入れた状態で先に鍋で煮て、汁ごと湯舟にぶち込むんだけど、煮てあるせいか青臭いって感じじゃなくて、かなりいい香りだと思う。ちょっとみかんのような香りがする。(そういえばおととしの冬は我が家はみかん湯ブームであった。乾燥させたみかんの皮を入れる。)
そのドクダミ袋をもみもみと揉み出すと、どんどん溶け出して湯がすっごい渋い濁った色になって温泉気分!血行がよくなって、肌も確かにすべすべしていい感じ。出た後はぽ〜っとして手の平の真ん中に力が入らないくらいリラックスしてすっごい休まるよ。さっきもドクダミ湯に入ったんだけど、もう気持よくてかなり眠い。その2に続く。
ぐすん。
画像:ぐすん。
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posted by はなほの at 20:59 | らくがきと文章
2005.06.06

カスピアで自家製カスピ海ヨーグルトに成功その2(画像:ウン)

みん太から「カスピ海ヨーグルトは温めたらだめ」ということを聞かされた時にもびっくりしたけど、「カスピアは殺菌してあるので菌種にはならない」と聞かされた時はもっとびっくりした。もう諦めるしかないのだろうか…。(私はこの時点でヨーグルト作りを手伝ってなかったので、みん太から話を聞くだけだった。)
それにしてもやっていくうちに少しずつわかっていくので、後から根本的な問題に気づかされたりする…。新しいことに挑戦する時は、このように大雑把なことが多いものよ。

しかしみん太はまだ諦めていなかった。「殺菌処理してるからって、全部菌が死んでるとは思えん。もうちょっと待ってみよう…」と言うのだった。えー、だって無理だよー。お酒になってるよ。腐ってるって絶対!
そして…、みん太はその変な匂いの白い液体を皿に出して食べてみたのだった。あっ危ない、食中毒になるよ〜!!「…うん、やはりできている。ほら、お前も食べてみ。」「えーっ、本当に?食べても死なないかな…」「大丈夫だって。もーお前は…」しぶしぶ…「ずず…(スプーンでちょっとだけすする音)……う!何この味!!やっぱり腐ってるじゃーん!!」「……」

それがカスピ海ヨーグルトとの初めての出会いだった。その時食べたものは、生まれて初めて口にしたので(いや、深い疑念を抱いていたせいで…)すごい変な味に感じたのだが、それがまさにカスピ海ヨーグルトの味だったのである。普通のヨーグルトとこんなに違うと思ってなかったんだもん。
ふわっと漂う発酵臭が、パン生地の発酵する匂いにちょっと似てて生々しい感じなので、初めのうちは砂糖を混ぜて食べてたんだけど、だんだんこれが癖になってきた!前にテレビでイタリアかどこかの「水牛のモッツァレラチーズ」というのをやってて、それが真っ白で見た目にチーズっぽくなくてすっごい新鮮な味がしそうだったんだけど、私の中ではその味のイメージ。(飽くまで想像。食べたことはない。多分全然違う…。)
今はほんのり甘いカスピ海ヨーグルトの味が好きなので、砂糖を混ぜないでそのまま食べてる。たまに缶詰のフルーツやバニラアイスと一緒に食べたり、苺ジャムと一緒にクレープに巻いて食べたりもする。

ここ一年くらいたまに便秘がちになっていたんだけど、ヨーグルト生活を始めてからはやっぱり調子いい!それまでは朝目覚めると、胃腸が痺れるような感じがしてだるいことがあって、そういう時はみん太の自家製・男キムチでお好み焼きを食べたりしてたんだけど。乳酸菌生活はいいね!
私たち食べるの好きだからなー。炭水化物ダイエットとかいうけど、米、蕎麦、うどん、パスタ、ラーメン、焼きそば、小麦粉(お好み焼き、クレープなど)を中心にすっごい食べてるからな〜。とにかく胃腸を健康にしたい。

カスピ海ヨーグルトは一部を菌種を次の瓶に入れるという形で何回か繋いでたんだけど、冷凍すると弱い菌が死ぬので菌が鍛えられていいということなので、みん太が一度冷凍した。冷凍した菌を牛乳に入れたらまたうまく発酵して、確かに前よりも固まるようになった!成功してよかった!!
今食べてるやつもどろっとしてて完全にヨーグルトなんだけど、売ってるカスピ海ヨーグルトの商品の写真をみるとクリームみたいにとろとろのふわふわだから、どうしたらあんな風になるのだろうか?と言ってるところ。みん太の挑戦はまだまだ続く!

みん太へ。健康に末永く暮らせるために手探りで頑張ってくれたのに、初め食べた時疑ってごめんね…。いつも開拓してくれてありがとう!!男の子は大変だね…。私の方はルーチンワークばかりせいせいとやってても仕事してることになるけど、新しい習慣を作るのが一番勇気がいるんだよね。何故ならめんどいことはむずいからだった。でもみん太がいろいろチャレンジして、しかもそれを楽しんでやってくれるので、私も最近は説明書を読んだり、部屋を片付けたりと、めんどいことを楽しめるようになってきました!!
ウン
画像:ウン
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posted by はなほの at 21:14 | らくがきと文章
2005.06.04

カスピアで自家製カスピ海ヨーグルトに成功その1(画像:The?)

みん太はかなりの凝り性であった。自家製キムチに引き続き、今は自家製ヨーグルトを完全に成功させたのだった。これは私たちの暮らしにとって、まさに新しい時代の始まりであった。この菌種を絶やさず、子供の代まで伝えていくことができたりして…、という期待もしている。
みん太が調べたところによると、「カスピ海ヨーグルト」というのが普通のヨーグルトと違って、菌が強いのでずっと繋いでいける(普通のヨーグルトを菌種にする場合は、雑菌が混入して悪くなるので、そうなったらまた新しい菌種で始めなければならない)という特徴があるらしい。しかもヨーグルト独特のあの酸味がなく、とても美味しいとのこと。早速近所のスーパーに菌種にするための「カスピ海ヨーグルト」と書いてあるヨーグルトを探しに行った。それが2週間ほど前、ヨーグルト生活の始まりだった…。

近所のスーパーで「カスピ海ヨーグルト」と書いてある商品はフジッコの「カスピア」だけだった。初めに大きいパックのを見つけたんだけど「あっ高い!!」となった。1000mlパックで400円以上もするんだもん。やっぱりいいものだから高いのか…、菌が欲しいだけだからちょっとだけあればいいのに…、と諦めかけたところ、小さいパック発見。125mlのパックで100円くらい。これでいいや。

カスピアを買って帰ってきて、よく見るとパッケージに「豆乳入り」と書いてあるではないか!「あっ、普通のヨーグルトじゃない!」と言ったけど、みん太はあまり気にしていなかった。そしてみん太は作り始めた。うちにあった密閉できる瓶を熱湯消毒して、そこに菌種を植えつけた牛乳を入れてトロ箱(発泡スチロール)に50℃の湯を張って、温度が下がらないようにしっかり蓋をして待つことまる二日。途中で様子を見つつ、まだできない…、きっともう少しだろう…、…まだできないのか!?、これは…まさか失敗?…とだんだん諦め始めていたその時、重要なことに気づいたのだった!それは…、カスピ海ヨーグルトが常温で発酵するということ!!

初めは普通のヨーグルトを作るつもりだったので、普通に温めてしまっていたが、カスピ海ヨーグルトの場合、そんなことしたら絶対にだめだということがわかった。常温でできるので手間がかからず人気があるというのに、その一番大事な特徴を知らなかったのである。ちゃんと調べていなかったために、初めの挑戦は失敗に終わったのだった。みん太撃沈!!

…その後、気を取り直して新しい菌を蜂蜜の空き瓶に入れて常温保存。今度は気分を変えてスキムミルクでやってみた。(スキムミルクの方が固まりやすいらしい。)これでヨーグルトにならないはずはあるまい!…しかし、なかなか固まらず。そ、そんな馬鹿な…。早ければ6時間でできるということなのに…。
しかも、何か牛乳の古くなったやつみたいにちょっと分離し始めてるし、お酒になってない?みん太はヨーグルトができ始めてると主張してるけど、変な匂いするよー。

ここで衝撃の事実発覚!な、何と調べたら、「カスピア」という商品は殺菌してあるので、菌種にはできないことがわかったのだった!!どうなるのか!?その2に続く。
The?
画像:The?
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posted by はなほの at 20:29 | らくがきと文章
2005.05.31

お菓子作りブーム(画像:買い物)

みん太は凝り性であった。暫く前からお菓子作りブームが来て、色々と挑戦している。
今まで作ったのは、スポンジケーキ、クレープ、マーラーカオ、ココアクッキー、バニラスフレ、おはぎ、ぬれんじ(これは勝手に呼んでる名前。オレンジ入り蒸しケーキをオレンジソースで浸すので、「濡れオレンジ」で「ぬれんじ」。何故かチーズケーキにとっても似た味でうまい!)など。今はみたらし団子に挑戦中。

クレープは今や食事のメニューの選択肢に入っている。炒めものや、チキンキャベツトマト煮、コールスローなどを巻いて食べている。食事のレパートリーが増えると生活が豊かになるんだよね。
マーラーカオとは、中国風蒸しカステラというものなんだけど、大好きでもう何度も作ってもらった。本には書いてないけどみん太は黒砂糖を入れるのだった。失敗なし。
おはぎは私が一番好きな和菓子。感動的に美味しかった。買ったやつしか食べたことなかったので、みん太の作りたてを食べてすっごく幸せ!!もち米、何てうまいんだ!!

本見ながら作って終わり(これは私)、じゃなくて、ひとつの伝統料理として末代まで続いていく家庭の味にしようとするのが、みん太の素晴らしいところ。美味しいのももちろんなんだけど、常時あるものでできるとか、ぱっと作り始めてすぐ食べられる、とかいうのが大事な要素なんだよね。私たちの場合、気合入れないとできないっていうものだと、長続きしないからなー。

みん太の場合は発展性のあるお菓子を作るのが特徴。この基礎があれば色々アレンジして楽しめる、という。粉砂糖(小麦粉をレンジでから炒りした後、冷ましてからグラニュー糖と混ぜ粉砂糖っぽくする技)、メレンゲ生クリーム(生クリームが少ない時にメレンゲを別に作っておいて合わせる技)、オレンジソース(オレンジジュースを煮詰めてクエン酸を入れる)など。
私の場合、ひとつの作品を仕上げたいっていう気合で作るのはいいんだけど、ひとつひとつ完結しているので次に繋がらないのであった。前にお菓子作りブームだった時には同じ物ばっかり作ってて全然レパートリーが増えなかった。(パウンドケーキの中で抹茶、紅茶、マロン、オレンジ、きな粉、胡麻、チーズ、チョコチップ、バナナ、という感じで味だけ変えて執拗に作っていた。)
それは私たちの生き方の違いそのもの…!

最近買い物は結構まめにしているかも。日曜日は卵40個コース。休日の特価の卵が、大体ひとり1パック限定なので、近所のスーパーをはしごして、二人で計4パックの卵を購入。初めて40個買った時は「本当にこんなにいるのか?」という感じだったけど、まめに料理やお菓子を作ってると、結構なくなるんだよね。卵があと2個…とかなると不安で不安で。

昨日は二人でシューベルトの曲をたくさん聴いた。他にも色んな作曲家の名前で調べてどんどん聴いたんだけど、最もシュバちゃんがよかった!(中原中也が『お道化うた』という詩でベートーベンのことを「ベトちゃん」、シューベルトのことを「シュバちゃん」と書いているのを最近読んだので、真似してる。)
食生活が充実しているせいか、のんびり音楽を聴く時間は前よりずっと幸せな私たちであった。「芸術がありゃあ満足だぜ〜」と言って、とても気持ちよく過ごせるのであった。
買い物
画像:買い物
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posted by はなほの at 18:59 | らくがきと文章
2005.05.28

クラシックブーム到来(画像:ギター)

最近うちにクラシックブームが巻き起こっている。今まであんまりオーケストラとか聴かなかったんだけど、急にその季節が訪れたのだった。
きっかけは私がみん太の足をマッサージしながら、クラシックを歌ったらいいんじゃないかと思って、「タイスの瞑想曲」(タイトルはすっかり忘れていたので調べた…)や「モルダウ」を歌っていたら、みん太が「いいね〜」と言ってくれたので気分がよくなり更に歌い続けた。(しかしすぐにネタは尽きた…。)みん太は昼寝をするためにベッドに来たのだが、私が小学校の音楽の授業で習ったクラシックの話とかをし始めて、次第に歌いながら思い出して「う、う…」と泣いたりしたので、結局起きてネットで公開されてるクラシックの曲などを早速聴いてみよう、という感じになった。それが4、5日前、思えばクラシックブーム到来の瞬間であった。

「タイスの瞑想曲」は、バイオリンになったつもりで、のびのびとビブラートをかけて歌うのが気持いい!高音が鼻とか頭頂部に響く感じがよい。台所で食器洗いながらものすごい歌ってしまう。
「モルダウ」はよく合唱で歌わされたりしたけど、オーケストラの演奏がやっぱりいいよね。主旋律の始まりの何と郷愁に溢れていることだろう…。作曲者のスメタナは、これを作った時には聴力を失っていたそうだから、ふるさとへの思いも然ることながら、人生そのものに対する郷愁のメロディーなんだろうなと思った。だから私たち日本人の心にも、深く深く沁み入るのだろうな。

その後昔よく聴いてはまっていたドヴォルザークの「新世界より」を聴いて、二人ですごいすごいと言っていた。何かすごい豪華なんだよね。すごい才能だー。天才に天才って言うのも何かあれだけど、いやー、まったくすごい。かっこいい。聴いてると気分が高揚してくるんだよね。ちっとも重いところがないというか。
みん太は「昔よく父親とテレビで見ていた西部劇を思い出す」と言っていたけど、確かに。(みん太のアル中の父親が「ドンパチが見たい」と言って、機嫌よくいてくれる保証のある時間だったらしい。)アメリカで作曲したから「From the New World」っていうのは学校で習ったけど、もしかしたらこの曲自体が西部劇の音楽のルーツになってたりするのかな?
実家に住んでた頃「新世界」すごい歌ってた時あったな。クラシック鼻歌で歌うのって気合入ってて面白いよね。すごい速い掛け合いのところなんか低音と高音を交互に全部歌ったりして。主旋律歌ってる時にも自分の頭の中では別の音も鳴ってるから、ひとりですごいのってくるんだよな。うーん、楽しい!!

ものすっごい速い曲聴いてると、(私は基本的に速いのが大好き!)楽器の音がこぼれ落ちそうになりながら、こぼれずに全部ついて来るのが爽快!演奏してる人は見えないくらい速く指動いてるんじゃないの?とか想像しながら。あんまり意識しなかったけど、自分の音楽の原風景はかなりクラシックの比重が高いのだなと思った。別に家でクラシックが流れてたとかいうことはまったくないんだけど、ピアノ習ってたこととか(すごい下手。全然弾けません。)、あと友達からテープ借りたりとか。
ちなみにみん太のギタースピーカー(PCスピーカーの音が出るところをギターのホールにはめたもの)が左右で大活躍!みん太も「弦楽器の音に最適なのではないか」と言っています。クラシックブームが来るまでは、ペットボトルスピーカーに落ち着いていたんだけど、またギターに戻したら断然よかった!

それにしても、私は感じ方が雑で恥ずかしいんだけど…。何に対しても自分がいいと思った部分の話しかできなくて。いつもものごとの理解が著しく局所的かつ表面的なのよね。何かを好きになる時ってスピードが大事で「もっと、早く、早くくれっ…」となったので、クラシックというジャンルで知ってる名前から順番にどんどん調べて聴いているところ。
今はチャイコフスキー、ブラームス、ヨハン・シュトラウス2世などの有名な曲を見つけて聴いてる。CDもうちにあったんだけど、まったく聴いてなかったので「いいのがあるじゃん!!」とか言って大喜びで聴いている。

オーケストラの楽譜を作っちゃうっていうだけでものすごい才能な訳でしょ。しかも歴史に名前が残ってるなんて。私でも名前は知ってるとか、タイトルや作曲者は知らないけど歌える曲とか、そういう仕事をした人がどんな感じの人だったのかとか、どんな時代でどんな人生だったのかっていうのを、本人の言葉や周りの人の手記とかを読んで、「うわー、わかる!」とか思うのって本当に夢があるよねー。

またクラシックのこと書けたらいいな。これからどんどん知っていくのが楽しみで楽しみで…。今よく聴く曲の基礎になってるんだなって色んなところで感じたりするし。でも言葉であれこれ言うのは難しい上に、あまりにも何も知らないので恥ずかしいけど。何かお勧めがあったらぜひ教えてください!
ギター
画像:ギター
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posted by はなほの at 19:59 | らくがきと文章
2005.05.05

みん太が死んでしまった…けど夢だった(画像:みん太)

今日は初めてみん太が死ぬ夢を見た。すっごいリアルな夢だったから、起きた時みん太が右側にいて本当に安心した。暫くひしっと抱きつきながら夢の顛末をみん太に話した。思い出すにつけ不思議で不思議でたまらなかった。

夢の内容というのは、みん太が一緒にいない時に、知らない間に死んでしまうの。それで、私は一見受け入れて落ち着いてるような感じなんだけど、まったく実感がなくて、こんな時に何をするべきか、感じるべきか、わからない。ただ所在なくて、落ち着かなくて、それでみん太の携帯に電話してみるの。
すると携帯が発見される。見つかった携帯は銀色の、私が知らないやつだったので、つい最近機種変更したばかりなんだな…とわかる。みん太は事故で死んだ(殺された)ので、携帯の上のところがぐしゃっと歪んでいる。
私はその壊れたみん太の携帯のボタンをカチカチ押してみる。画面の表示がどんどん切り替わる。みん太も変えたばっかりの携帯の操作を覚えようとして、ついさっきまでカチカチやっていたんだろう…と思う。さっきまで、当たり前のように生きていて、今はいない。死んだ。

圧倒的に何か足りない。私が悲しみを自分のものとして感じるために、今まで世界を完全に感じさせていたものが、ない。あるべきものが、ない。
穴だ。巨大な穴。世界は急速にその穴に向かって流れ落ちて行ってしまう。その穴を埋める術はない。光に、色に、すべての構造に、人に、世界に、意味がない。伝えるべき言葉もない。共感がない。喜びがない。悲しみがない。感情に意味がない。穴が空いて、すべては空虚になった。

私は強烈に後悔する。彼の子供を作らなかったことを。彼の遺伝子をこの世に残さなかったことを。彼の子供がいれば。子供の中に彼は生き続けることができたのに。つまらない理由で、子供はまだ作れないと思っていた。自分がちゃんと大人にならなければ、子供を幸せにできないからと、言い訳ばかりして。そんなこと本当はどうにだってなったんじゃないか。今みたいに不完全なままじゃ産みたくないっていうのは、親のエゴなんじゃないか。そんなことより、子供の人生にとって一番いいのは、自分を後回しにされることじゃなくて…。
遺伝子を残せなかった彼は、もう完全体にはなれない。彼は子供のまま死んだ。私が彼の幸せを後回しにしていたから…。

私はみん太の携帯を握り締めたまま、人がまばらな図書館のような場所の、広い階段の踊り場より少し上にいて、白い壁の方を向いて階段の途中にしゃがみ込んでいる。そこで、目が覚めた。

私は平和ボケしてるんだ。つまらないことですぐにみん太に悪態ついたり、手間を惜しんだり。人生の大局を見ようとしていない。くだらないことで他人を羨んだり、目の前の餌に誘惑されやすかったり。どうでもいいようなことで一喜一憂しては、心を砕いて生きている気になっているだけで、いざという時の為の準備は何もしていない。

本当に自分が大事なものを失った時に、他人が羨ましく見えたりするだろうか?今よりもっと自分が若ければいいのに、なんて嘆いたりするだろうか?恐らく、そんな感情は吹っ飛んでしまう。大事な人をちゃんと大事にできなかったことの後悔の方が、ずっとずっと強いんだ。自分が死ぬ時だってきっとそうだ。他人と比べてばっかりで、何で全力で自分を大事にできなかったんだろうって、その思いに気づいて、やり切れないだろう。

ああ、何て愚かなんだろう。周りの人も死んでいくし、自分がいずれ死んでしまうことも分かってるのに、どうして予期できない喪失に遭遇して初めて気づくことがあるのだろう。夢の中で、こんなに空虚が耐え難いものなら、もっともっとできたはずだ、と思った。嘘であってくれ、やり直させてくれ、と思った。

人間は後悔する。苦しむ。ものすごく大きな悩みだと思っていたことが、急に訪れる不幸によって、どうでもいいことになってしまったりする。取り返しのつかないこともある。でもやり直せることもある。できることについて真剣に考えてみる。何度でも、違う角度から見直してみる必要がある。何が大事なことなのか、いちいち考え直す必要がある。やり直しがきかないことは、いつやって来るかわからないから…。
みん太
画像:みん太
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posted by はなほの at 19:14 | らくがきと文章
2005.04.23

バランスへの挑戦その4(画像:ペラペラ)

ひとことで言うなら、ひとりで立ってる人が偉いってことなんだよね。「詩55」で言いたかったのも、そういうことだったんだよね。誰かに寄り掛からずに、自分でバランスを取りながら立ち続けるって覚悟を持った人にしか感じられない風があるんじゃないかと思って。
人間が重力に逆らって、自分自身の体重を両脚で支えながら立ち続けるっていうのは、本当は大変なことなんだよね。自分の体重さえ支えられない人が、他の人を助けようとしたり、それをいいことに周囲の人が際限なく寄り掛かったりするというのは世の常だけど、それを美談にしたら駄目なんだ。本当に誰かを幸せにしたいなら、自分が幸せになってその生き方を見せるってことしかないんだよね。

だけど現実には多くの人が、自分の今の状況を肯定する集団に安全な居場所を与えられれば、容易く人生を受け渡してしまう。そういう居場所が周り中に用意されていて、むしろそこに所属することが大人になることだと教えられる。そして本当は似たもの同士で集まってるだけの集団なのに、そこで認められて上に行くことが人生のステップアップだって思い込まされてる。学校に始まり、人生を支配し続けるその呪縛を、一体どうやったら解くことができるんだろう?

日本人は一生大人になれない民族だ。ごく一握りの本物だけが、しかも運のよかった人だけが、そのからくりに気づいて大人になろうとする。そういう人たちが必死で正気っていうものに気づかせようとするんだけど、日本人でそっち側に行くためには、大抵ものすごいトラウマを背負いながら生きるか死ぬかのところを通っていかなきゃならない。それも自分ひとりでそのことを受け入れた人だけ。だから、他の国に比べてすごく遅い。いつも遅すぎる。

自分がすぐに「日本人は…」とかいうのもどうかと思ってるけど…。結局自分のことでしかないからさ。でも自分の目をずっと曇らせたまま許していた(?)この世界の仕組みを解明していくってことはもう自分の一生の仕事だと思ってるから。(偉そうな言い方ではずいけど…。)またそればっかりになると、それを言い訳に自分自身の人生をなおざりにしちゃいそうだから気をつけなきゃいけないけど。私たち暮らしを放ったらかしで日本論みたいの喋ってばっかりだからな…。かなりバランスを欠いているのだった。

その5に続くかも。
ペラペラ
画像:ペラペラ
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posted by はなほの at 23:24 | らくがきと文章