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新都社で漫画を描いています
・「ひとりぼっちのケリル」(2012/12/14更新・連載中)
・「nikako―ニカコ―」(2014/02/18更新・連載中)
・「ふわ〜り」(2010年夏ホラー漫画企画作品)
◆絵本(新都社文芸)
・「チャリティー・マラソン」(2012/08/31 読切)

2005.01.12

怒りの強さ-爆笑問題カーボーイを聴いて-(画像:割箸ペン)

昨日も爆笑問題のラジオを聴きながらやはり寝てしまった…。残念。でも初めの方の話はすごい面白かった。太田が自分は嫌われてるとか、どこに行っても常に居心地が悪いって話をしてたけど、めちゃくちゃ共感してしまった!
誰かを立てることになってる場とか、私は本当に居心地悪いって感じる。何でまったく偉いと思わない人を立てなきゃいけないんだ?何でみんな平気なんだ?って感じ。権威とか地位とかってものが、はっきり言って全然ピンと来ないんだもん。ひとつ年食ってるだけのやつが先輩面とかして「馬鹿かこいつ…」って思っちゃう。

大体誰かが作った枠にただ収まってるだけなのに、その中で威張ってる奴も、そういう奴を本気で偉いと思っている奴らも全員大馬鹿野郎だよ。組織って本当にやだな。
中学生とか高校生の時、周りの奴らが自分で働いた金でもない癖に「今月ピンチだよー」とか言ってんのもすげえ馬鹿だと思ってたけど。みんな踊らされてるだけじゃねえかって感じ。金なんてすごい理不尽なものなのにさ。

そういう感覚がいつも人と共有できないからすごい浮いてたんだけど…。何でそんなに怒ってんの?みたいな感じで。私はずっと怒りが強かったから、太田が他の人間を馬鹿っていうのがすごく分かるし、嬉しい。怒りの強さって真面目さからくるものだと思うし、それは願いの強さでもあるんだよね。

あと、太田が誰かと仲良くなってもすぐに気持ち悪くなっちゃうって言ってたけど、それも分かる。私の場合、すぐにひとりの人間として扱われなくなるんだよね。それが気持ち悪い。それで平気って人が多いんだろうけど。「みんなで集まる」とか、そういうの。みんなとかどうでもいいよ。クラスとか、バイトとか、部活とか、会社もまさにそういう感じなんだろうけど。(社会に出てないけど。)そうやって群れになって安心してる奴ら、どうでもいいもん。

今日は初めて割箸ペンで絵を描いた。実家から送ってきた和菓子の仕切に使われてた棒を捨てようとしてたら、みん太が「先細く削って割箸ペンにしたら?」と言ったので、早速カッターで削った。学校でもやらなかったので、初めての体験!キュッキュとなって、普通のマジックみたいで描き易かった。とっても面白かったのでしばらく遊ぼうと思った。画像は今日描いた割箸ペン画。
割箸ペン
画像:割箸ペン
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posted by はなほの at 21:59 | らくがきと文章
2005.01.09

ペン画について(画像:こけた)

今日は3年前の11月頃に描いたペン画をまとめて取り込んだ。これからカテゴリ「ペン画」に載せていく予定。描いたのが結構昔なので、やや退色してるけど。A4サイズよりひとまわり大きい紙に水性ペンと水彩色鉛筆を使って描いた。この頃自分の中でペンでお絵かきするのが流行ってたんだよね。絵の具と違って、手軽に描けるのがいいところだから。

半分寝かけたくらいの時って色んな模様が見えるから、大体その時に浮かぶイメージをそのまま描いてみようって感じで。目を閉じると、世界にあるすべての模様はここに現れるのでは?というくらい、色んなパターンが見えて面白い。そういうのをあまり計画性のないままペンで描いていくような感じ。全体のイメージが初めから決まる時もあるんだけど、もっと無責任に描きながらどんどん思いついていく時の方が楽しいな。

短時間で一気に終わらせないと苦しくなるから、大抵1、2時間くらいで描いてるかな?もっと長かったような気もするし、短かったような気も…。忘れちゃった。とにかく空間を埋め尽くしたいって感じなんだよね。どんどん隙間を埋めていって密度の差がなくなるようにしたい。でも逆に何もない空間があるのも好きだし、結局どちらも似た感覚なのかもしれないけど。

これは抽象画っていうのかな?っていうのも中にはあるけど、自分にとってはより具体的なイメージなんだろうと思う。ただ「この感じ」っていうのを紙にペンで、自分の手で描いてみたらどうなるのか?っていう実験みたいなものなんだよね。ただ思うだけじゃなくて、それを何かの形にとどめてみたら、片鱗は記録できるかも…と期待して。色と形に関して、かなり葛藤もあるけど。作っては壊し、作っては壊し…っていう、遊びなんだよね。

やっと目が回復したらしい。長時間作業しても疲れなくなってきた。今日もずっと取り込んだ画像のサイズ変更とかやってたんだけど大丈夫。
さっきまでテレビで「ドリームビジョン」とかいう番組見てたんだけど、めちゃくちゃ面白かった!超スローモーションや超ミクロで撮った映像とか、滅多に見られない珍しい映像とかやってて、こういう貴重な資料を短い時間にたくさん詰め込んだりして、テレビってすごい…。台風の目に入ったり、マジシャンのテクニックをスローで再生したり、あと色んなのやってた。すっごくいい体験だった。
こけた
画像:こけた
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posted by はなほの at 23:13 | らくがきと文章
2005.01.08

アクリル画について(画像:睡眠障害)

カテゴリの「アクリル画」に載せてる絵は、今から3年前の11月くらいからアクリル絵の具で描き始めた。一枚目は画材屋で売ってるイラストボードに描いたんだけど、二枚目からホームセンターに売ってるベニヤ板に描くようになった。画材屋で買うと高いんだもん。キャンバスにするものなんて平面なら何でもいいと思うし。キャンバスとか紙とか、高級なの買っちゃうと失敗が怖くて描けなくなっちゃうからさ。

これからも残りの絵を載せていく予定だけど、デジカメで撮ってるから画像はよくないのが難点。どうしても暗めになるし、最高画質で撮っても細かいところは綺麗に再現できないんだけど、HP作ったらもっと大きい画像でアップできるようにしようとは思ってる。

一枚描くのに2、3週間くらいかかったかな?もっと短いのもあるけど。描き始めると仕上がるまでやたら苦しいんだよね。早く終わって楽になりたい…って感じ。描いてる時間は集中してるからいいんだけど、一回休んじゃうと戻るのが辛くなる。作業中は頭が休むからいいんだと思う。
私は起きている間中、頭の中が言葉でいっぱいなんだよね。認知中毒ってやつかな。(あんまりよくわかってないけど。)みん太が言うには「お前の場合は、世界を意味化するツールが言葉だけに限定されてるんだな。」ということだった。人の言葉が肯定的なものでも否定的なものでも、それだけにもの凄くとらわれて、幸せになったり傷ついたりする。人に褒められたことは、相手がただ何となく言っただけのことでも決して忘れないんじゃないかと思う。

私はいつも眠りに就くのが難しいって感じる。眠くなってから布団に入る時はいいんだけど、「そろそろ寝るか」と言われて横になっても、頭の中から言葉を追い出せなくてすごく辛い。みんなどうやって眠るまでの時間を過ごすの?と聞きたい。時間を埋め尽くしていないと気が済まないって感じなんだよね。常に何か考えてしまう。何も考えない時間の過ごし方がわからない。自分が絵を描いたり、歌ったりしている時だけは、頭を空っぽにできるのかもしれないなと思う。

アクリルで描いた絵は、アボリジナルアートと出会ってから「これやりたい!」って思って描き始めたんだ。この体験はすごく大事なものだから、また今度ちゃんと書こうと思うけど。ドットの連続を見てるとすごく解放されて気持ちいいんだよね。計画性もなく、どんどん埋め尽くしていく。形は意味を失っていく。それが心地よくて…。

今日は眠いのでここまで。今日も買い物しちゃった。一回買い物すると広告見ちゃうでしょ。そうすると「あ、小麦粉安い!明日も来なきゃ。」とか言って、何日も続けてスーパーに通うことになったりする。明日も行く予定だし…。
睡眠障害
画像:睡眠障害
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posted by はなほの at 22:26 | らくがきと文章
2005.01.05

PCで遊べなくなった(画像:こりゃ便利。)

書きたいことが結構あるんだけど、PCに向かい合うのがきつい。本当にどうしちゃったんだろう?って感じで、ちょっと画面見てるだけで、目の痛み、肩凝り、頭痛、吐き気が始まってしまう。視神経から頭の中心にかけて痺れ出して、だんだん体中に不快感が広がっていくみたい…。文章打ってても画面を確認するのが辛いので、今日もあまり長く書けない。くそー、今日はみん太と二人でいい話をいっぱいしたから、少し書いて整理しようと思ってたのにな…。

会社で一日中PC使ってる人たちは切実に大変なんだろうな。こういう時どうしてるんだろ?無理して体壊しちゃう人、いっぱいいるんだろうな。
もう目が沁みる。なるべく画面見ないようにしてるんだけど…。何かここから悪いものでも出てるのか?という感じさえする。

面白い夢を見て昔のことをまたいっぱい思い出したので、日記には書かずに絵本にして今度ここにアップしようかと思う。
得意なことを本気でやることに恥を感じ、人並みにできないことは必死に隠さなければならなかった、っていうようなこと。その結果、苦手なことほど頑張って、好きなことに時間を割かなくなってしまった経緯。そういうのを思い出していた。

PCが使えない間は、絵描いたり、このブログの(というか、将来のHPの)ロゴのデザインでも考えようと思う。今気持がこのブログの更新のことでいっぱいだから、目のせいでできなくて苦しい…。何だか気持が焦って前へ行こうとしてるような…。
こりゃ便利。
画像:こりゃ便利。
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posted by はなほの at 17:42 | らくがきと文章
2005.01.04

目の使いすぎ(画像:中根千枝)

昨日はショックだった!文章を書き終わって画像の取り込みをしている最中に急に気分が悪くなり、我慢できなくなって布団に転がり込んだのだった。そして目覚ましをセットして寝たのだが、あまりの辛さに起きられず、結局更新は今日の朝になってしまった。
ブログの日記だけは毎日更新しようと思ってたのに、えーん!!自分の中で決めたことが一度途絶えてしまうのは、完全主義のはなほのにとっては、く、苦しい…。

何故急に気分が悪くなったかと言うと…、原因は「目」なのだった!ブログを始めてから特にPC漬けなので、結膜炎になったり、視神経の病気(?)になりかかったりしたので用心しなくちゃと思ってはいたんだけど…。急に左目がずきっとし出して、うっ!何だこれ!?我慢できない…と思って倒れ込んだんだけど、気がついたときには左の肩の辺りがすっごい凝ってて、胸がむかむかして吐き気まで催していた。もう目が痛くて痛くて、これは尋常じゃないぞ…と思って取り合えず寝た。

今も少しの間続けて画面を見てると気分が悪くなってくるので、休み休みじゃないとできないので実に不便。PCがないと本当に生きていけなくなってるんだなー…。すっごい依存的に見ちゃうんだよね。
それにしてもこれ以上視力が低下してはかなわん。目が一番大事なのに、今だって相当悪いからな。
昨日は目の周りとか全身のツボを押しまくって何とか楽になったんだけど。こういう治療法をちょっと知ってるだけで、いざという時は本当に便利だ。目の使いすぎっていうだけで、あんなに辛くなるとは知らなかった…。

あと、このブログを携帯で見てくれてる人が結構いるようなんだけど、自分が2年くらい携帯使ってないから、どういう感じなのかよくわかってないんだよね…。goo i-modeで見てみたんだけど、絵が小さすぎてあんまり見えてないっぽい。携帯の人がPCで見られる時に絵を見てくれたら嬉しいなー。携帯用の画像も用意するべきかな?と思ってるんだけど…。

今日はやはり目がおかしくなりそうなので、この辺で…。今、テレビで「サスケ」見てるんだけど、体がイメージ通りに動くのって気持いいだろうなー!私も夢の中でなら飛んだりできるのにな。しかもスローモーションだったりするので楽しい。
中根千枝
画像:中根千枝
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posted by はなほの at 20:12 | らくがきと文章

自己の相対化(画像:日常)

私はチームプレーができない。テレビで箱根駅伝見ながら書き始めたんだけど、自分はこういうの絶対向いてないよなと思う。自分が勝ちたかったら遅い奴に足引っ張られちゃかなわないって思うだろうし、逆に他の仲間が勝つ気満々なのに自分が足引っ張るのも嫌だし。勝つにしろ負けるにしろ、大事な人生を費やして練習して来たんだったら、ひとりでゴールまで走り抜けたいって思ってしまう。

でも、みんなでひとつのことを目指すみたいなことに、夢を感じるのも確かだ。昔は集団で何かを成し遂げるということにやたら憧れてて、勝手に周りの人間に過剰な期待をしては、人のやることがいちいち気に入らなくてすぐに絶望していた。(最低だよなー…、わかってるけど…。)私はこんなに本気なのに、てめえら緩いことやってんじゃねえ!って感じで。こんな奴に人がついてくる訳ないんだよね。自分の中に譲れない完成図がもうあるんだったら、ひとりでやれよっていうことなんだ。

私はこういう人間だけど、みん太は人と一緒に働く素質あるんだ。人を信頼して仕事を任せるのがうまいからね。だから私たちはお互いがうまく機能していれば何とか前に進める。私ひとりで生きていくのは無理。
私は何をやるにも一極集中で完全主義だから、一緒に仕事をする相手を信頼するってことは本当に難しい。みん太はそれを不満に思っている…。私たちの衝突は、ほとんど私のオール・オア・ナッシングの発想、そして破壊的な言動によって、みん太のトラウマを呼び覚ますことによって起こる。

私は本当にバランスの悪い人間なんだ。血液型とか、家庭環境とか、色んなことで誰でもある程度は偏りがあるのだと思うけど、私の偏り方は半端じゃないらしい。そういうことはみん太の長年の分析(その影には恐ろしいトラウマの強化が…。)によって、私にも分かるようになったことなんだけど。
自分が相対的な存在であると認めることが、私にはどうしても我慢できないことだった。だから血液型なんかで判断されることは、少し前まではとっても受け入れ難いことだったと思う。

ようやく自分を相対化できるようになったのは、自分にも役目があると信じられるようになったからなんだと思う。やりたいことがあって、それに価値を感じるってこと。人に認められるとか感謝されるとか尊敬されるとか、期待しないでも生きられるようになったから。自分の形を見つけることが、人のやり方を認めることにもなったんだよね。

ところで、キシリトールのボトルが空になりかけている…。大ピンチ!残りがどれくらい少ないかというと、緑が8粒、青が7粒、赤が7粒…。お、終わる!ガムが終わったら何を食べながらブログを更新すればいいんだー!
日常
画像:日常
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posted by はなほの at 05:35 | らくがきと文章
2005.01.02

宝石について(画像:旅ノート)

今朝、洗濯しようとしたら水道が凍って水が出なかった!うちは洗濯機が外にあるからなー。しかも北側なので日が当たらない。昔アパートに住んでた時も洗濯機は外だったが。外に出るのが面倒すぎて、洗濯物が溜まってからじゃないと洗濯する気にならない。しかし一度着たものはお風呂の後は絶対着たくないので、冬はちゃんと洗濯しないと寒くて死ぬ。冬は面倒だけど、晴れた日に思い切って洗濯するのはやっぱり気持ちがいいものだ。

昨日の夜、NHKで「ロマノフ王朝の秘宝」とかいってロシアの豪華絢爛な宝石の映像をやってたの見た。でっかいダイヤモンドとか、サファイアとかエメラルドとか色んな宝石を贅沢に使った王冠とかブローチとか嗅ぎタバコのケースとか…。何となく見始めたんだけど、すごい見入ってしまった。私、子供の頃宝石大好きだったんだよね。

昔は宝石の写真見るだけで楽しくて、うちにある宝石の広告とか切り抜いて机に仕舞ったりしてたし、カラー写真の子供図鑑みたいな本の宝石のページを何時間も見たりしていた。今考えるとあんなに長時間ただ写真を見るだけで大満足できるなんてすごいかも…。今も大して変わらないが。
あの頃プラスチックとかガラスでできてる(当時はもちろん宝石だと思っていた)アクセサリーを買ってもらったり、誰かにもらったりすると、大事に箱に仕舞っていた。今でもまだその大部分を持っていて、誰かこういうの好きな女の子がいたらあげたいと思うんだけど、今のところその機会もなく…。大人は着けないようなおもちゃのアクセサリーだけど、小さい子だったらきっと好きなんじゃないかな。

それで、何で好きだったのかな?と考えた。宝石あんなに好きで、たくさん欲しがっていたのに、ある時から要らなくなってしまった。夢が壊れたのか、自然に執着がなくなっていった。でも、今でもやっぱり目の前にあったら食い入るように見ちゃうし、昨日みたいにテレビで贅を尽くした宝飾品の映像を見てると何だかすごい得したような気になるんだよね。見てるだけなんだけど…。

多分、今は見てるだけだからいいんだろうな。所有しちゃうとね、どうしても縛られるから。みん太に「どうして人は宝石に惹かれるのかな?」と聞いたら、「それが永久の価値を保証するものだからなんだろうな。俺は現金の方がいいが…。」と言っていた。
宝石って、光ってて綺麗でその時見てるだけで十分幸せなんだけど、手に入れたいと思う理由は将来を保証し続けてくれるってことなんだよね。朽ちて古くなって、価値を損なっていくものと違って、不変の輝きを保ち続ける。美しいままずっと味方でいてくれる存在なんだね。

自分が宝石を欲しくなくなった理由は、「保証」に頼らなくなったせいかもしれないと思った。期待しなくなった、というか。好きなものがどんどん移り変わってしまうからかな。新しいものに触れるという体験の方が大事になって、所有することが却って煩わしくさえなってしまった。むしろ所有を極力しないようにすることが、自由を保障することになったっていう感じ。初めからそうだという人もいるんだと思うけど。

何もしなくてもそこにあるものの方が、私にとってはずっと気持を満たすものになったんだと思う。景色とか。空とか。だから「旅して暮らすしかない!」とみん太はずっと前から言ってるんだけど。今という時間にピントが合えば、目の前に広がる風景は全部自分のものなんだよね。その技術の方が、私には必要だったみたい。時間そのものを宝石に変えるってことだね。
旅ノート
画像:旅ノート
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posted by はなほの at 17:03 | らくがきと文章
2004.12.31

愛ということ(画像:みっけ)

今日はいよいよ大晦日なんだね。何も準備しないけど、「いよいよ」とか言ってみたくなった。やっぱり節目っていうのは、それだけで体が更新されるっていう感じがある。こうして常に新しく生まれ変わりたいという感覚って、日本人らしさなんだろうね。
「一年を振り返る」みたいな趣旨のことが好きなのは、ある出来事がどれくらい昔のことかという情報に触れることで、現実的な時間と自分の中で流れた時間とのずれを実感し直そうとしてるからなんだろうな。それで違和感を楽しんでるんだ。「もう半年も経つんだ」とか「あれって今年だったっけ?」とか言いながら。

放っておくとどんどん忘れちゃうからたまにリセットしたくなるんだね。とても大事なことさえあまりにも簡単に忘れてしまうので、怖くなることがある。
みん太がいなかったら、私はどうなっていたかわからない。私はずっとひとりだった。みん太が現れるまで私には味方でいてくれる人がひとりもいなかったし、人に心を開く術を知らなかった。(今でもむずい。)…にもかかわらず、そういうことを今では私は普段ほとんど顧みずに生活している。みん太はいつでも側にいて、お花のように咲いているので、私はそれがどれだけ凄いことなのかを忘れてしまう。

みん太のことを改めて書こうとすると、どう書けばいいのかと考えてしまう。一緒にいることが私にとってあまりにも自然だから。まさに、空気のような存在。私が一番自分でいられるように、気を抜いていられるようにしてくれている。私が居心地が悪くならないように。
「家族のあり方」というものをよく考えるんだけど、まず、相手を裏切らないと保障し続けること。そして相手の一番自然なスタイルを見つけさせること。…ではないかと思う。
これはみん太が私にしてくれていることで、当たり前のことのように感じていたけれど、私は全然できていないことなのだった。

私は本当にたまたまピントが合った時だけ、みん太のところへ行ける…という感じがする。みん太と同じ風景が見えるっていうか。だって私が初めて気づく大事なことは、みん太にとっては前提なんだもん。何か発見した気になって話してみると、どんなことでも「うん。つまりこういうことだよね。」と普通に言われる。本当に、そういう時にすごい人なんだって深く実感するんだよね。私って今まで何やってたんだ…みたいな感じで。
そういう時、私って本当に子供だなって思う。全然だめだ。愛がわかってない。自分のことしか考えられない。しかも自分のこともよくわからない。でも人に指摘されるのは嫌で嫌でしょうがないんだ。人を正しく愛せるようになるのって、私にとっては本当に遠い道程だ。

愛って、人の弱さを見つめることなんだよね。目の前にいる人の抱えている荷物が、その人にとって重いものだと、ただ認めること。『十二国記』で、馬車に轢かれて死んだ少年が、「誰かが誰かより辛いなんて嘘だ」って言ったシーンのことを何度も思い出すんだけど、本当にすごいセリフだと思う。
個人の痛み以上に辛いことなんてこの世に存在しないんだ。どんな小さな痛みでも、本人にとっては無限に苦しいことで、どんなに多くの人に見守られていたとしても、個人的な体験でしかないんだ。自分の人生は自分しか生きられないのだから。

…こんな風に、私は自分のことや普遍的なことを考えるのが大好きで、目の前にいるただひとりのみん太をちゃんと大事にできていない。みん太は私のことに手を抜かない。でも私は抜いてる…。
みん太はいつも私の名前を歌ったりする。別の部屋にいる時にも微かに聴こえてきたりする。あと私がキスしたいなと思っているとすーっと近づいてきてくれて、私が止まっていてもうまうまと唇を動かしてくれる。こういうのを言葉で説明するのはわかりにくいけど、とにかく常に愛に満ちているのだった。いつも注目してもらって、いつでも対応してもらえるなんて、誰もが望んでいることのはずなのに、実際にはなかなかしてもらえないことかもしれない。
私はみん太に会えなかったら愛を知ることなく、世界や自分を憎み続けて死ぬ人生だったと思う。危なかった…。

私は変われない…なんて、今までみん太に向かって随分簡単に言ったりしてきたんだけど、それはだめだ。私は私の形のままで、人のことがわかるようにどんどん視野を広げていくんだ。一度しかない人生で、どこまでできるか挑戦するべきだ。私もみん太を幸せにする。そのためにちゃんと大人になる…と決意した。そして一年が終わる。
みっけ
画像:みっけ
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posted by はなほの at 12:33 | らくがきと文章
2004.12.22

会田雄次(画像:会田雄次)

会田雄次
画像:会田雄次
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posted by はなほの at 03:18 | らくがきと文章
2004.12.20

ドオルトン!〜緊急避妊体験〜その後(画像:アンネ)

さっき起きたら生理が来ていた。中用量ピル(ドオルトン)を飲んでから、6日目に来たことになる。ネットで調べたところ、早ければ服用後3、4日で生理になるということだったので、(病院の先生にすぐに生理が来ると言われたこともあり)万が一ずっと来なかったら…と心配だったので、今日無事に出血があり本当に安心した。妊娠を回避できる確立が100%ではない、と聞くと、そのたまたまものすごく低い確率で妊娠してしまう方に自分が入るのではないかと、どうしても考えずにはいられない。
今回は避妊が成功したので、ほっとしました。みん太もあの心労からか、最近体調を崩していたので、今朝は二人で喜んだ。みん太が一昨日漬けたキムチでこれからお祝いする予定。(本格・男キムチ!)

この度お世話になったHPをこの文章の最後にリンクさせて頂きます。とっても参考になりました。これらの内容をひと通り読んだ上で、タウンページで近隣の病院を探すのが一番早いのではないでしょうか。何しろあまり時間に余裕がないことなので。

お世話になったHP
ピルとのつきあい方
いざというときの緊急避妊法

900
900 妊娠と避妊の情報室
最終手段、急げば間に合う緊急避妊

「かなしいこと」
緊急避妊ピルを処方している病院のリンク集
アンネ
画像:アンネ
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posted by はなほの at 11:19 | らくがきと文章