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新都社で漫画を描いています
・「ひとりぼっちのケリル」(2012/12/14更新・連載中)
・「nikako―ニカコ―」(2014/02/18更新・連載中)
・「ふわ〜り」(2010年夏ホラー漫画企画作品)
◆絵本(新都社文芸)
・「チャリティー・マラソン」(2012/08/31 読切)

2005.11.03

アクリル画:芸術の樹

画像:芸術の樹(2003.7 アクリル、木製パネル 162×162cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。
画像:芸術の樹(2003.7 アクリル、木製パネル 162×162cm)
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この絵は載せるべきかどうかかなり迷っていたんだけど、載せることにした。何故迷っていたかというと、もっと丸をたくさん描いて埋め尽くすつもりだからだった。でもいつ続きをやる気になるかわからないので、これでいいのかもしれない…。

それで、この丸のひとつひとつは人間を表しているつもり。命、存在、光というか。やっぱり大きい光もあれば小さい光もあると思う。それで、大きい丸のまわりに小さい丸がいっぱいくっついているという構造なのです。丸の繋がりは無限に増殖して全体を隙間なく埋め尽くしていくイメージです。
「芸術の樹」というタイトルにしたのは、大きな光を同時代の人々や後世に放って消えていった人たちに対する敬意のつもりだった。(何か恥ずかしいけど…。あんまり人を尊敬できてないし。アホだから。)
樹は脈々と続いていく人間の流れを表しています。太い流れ、枝分かれしていく流れ。ぐっと昇っていくエネルギーのようなものを描こうと思った。

これを描いてる最中、みん太が「これはグレートウォールだね」とか「ボイド」とか言っていたので「?」となった。私はそういうの知らなかったんだけど(これを書くにあたりちょっと勉強した)、これが宇宙の構造に似ているのではという話で、この絵で例えると丸が銀河系がいくつも集まった銀河団で(いきなり壮大な話になった!)、さらに丸の集合が銀河団の集団で、それが超巨大な一枚の壁のような構造になっているのがグレートウォール。そのグレートウォールが宇宙には何枚もあり、それをコスミックフェンスと呼ぶらしいということがわかった。ボイドというのは銀河がまったく存在しない空洞のことで(つまり丸のない部分)、グレートウォールという巨大な銀河のスポンジの中に穴が無数に空いていてるようなものらしい。だから銀河は泡(ボイド)の膜みたいな感じで連なっている構造。こんな説明でいいのかな?
とにかく(かなりいい加減だけど)宇宙の構造と似ているなら大満足なのだった。詳しい人、「わかってねえな!」と怒らずに教えて!!

いつかちゃんと続きを描いて丸で埋め尽くしたら、こっそり画像を差し替えておくかも。それにしても、この段階まで描いたのが2003年の7月だからもう2年以上前だった。これサイズが162×162cmもあって、自分の身長(158cm)より高いものだから、楽しかったんだけど丸を描いても描いてもなかなか画面が埋まらなかった。パネルって多分、この上に紙を貼って使うものなんだと思うんだけど、私は下地を絵の具で塗ってその上から直接描いてしまった。

ところで、重大発表です。随分前に予告していたけど、ついにアクリル画の大きい画像のギャラリーを作りました!!ばんざーい!!このブログのメインであるアクリル画のギャラリーが完成して、とってもとっても感激しているのでした。みん太が何日もかけて、「今日もアップできなかった…」「ああ、何でこんなに時間がかかるんだ!」とへこみつつも、ついに本日公開の運びとなりました。(私が言うことがころころ変わるものだから、みん太には本当に苦労を掛けた…。)
記事の方で普通のモニタで見られるサイズで載せているので、ギャラリーの方はかなり大きい画像を載せています。ほとんど全体が一画面に収まらないかもしれないけど、細かいところなどを間近で観るような感じでお楽しみください。このブログで絵を大きい画像で公開するのは初めてなので、今まで載せた絵もゆっくり観てもらえると思います。ぜひ遊びに来てね!!
音楽へ雨へ波へ空間へ樹木へ森へ水へ花へ木洩れ日へ芸術の樹へ

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posted by はなほの at 06:14 | アクリル画
2005.04.13

アクリル画:木洩れ日

画像:木洩れ日(2003.4 アクリル、板 45×45cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。画像:木洩れ日(2003.4 アクリル、板 45×45cm)
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この絵は自分の中にストックされてたイメージがあったので、すんなり描くことができた。まず放射状に広がる構図がとても気持よくて好きなのと、木を下から見上げた時の、枝が描く線の形に発見があったので、そのイメージはずっと心に留めていた。

これの前に描いた「花」を描いている途中に「そうだ、あれを描こう」とふいに思いついたので、この二枚は平行して描いた。大体のってる時っていうのは困るくらいイメージが完成していくつもできてしまったりするんだけど、そのストックでずっといける訳でもないので、もっと平均してちょっとずつ来ればいいのに…と思ってしまう。
イメージの断片が転がっていても、作為的に結びつけると結局気に入るものができないし、だからっていっぺんに完成形がひらめいてもひとつのものにしか集中できないタイプのようで、すごーく落ち着かなくなっちゃう。タイミングって難しいね。

あと丁度この時、なるべく筆の跡を消さない絵を描きたいって思っていたので、それも自分にとっては試みだったんだけど、よかったと思う。気持よく描けて気に入ってます。
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posted by はなほの at 20:44 | アクリル画
2005.03.11

アクリル画:花

画像:花(2003.4 アクリル、板 45×45cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。 画像:花(2003.4 アクリル、板 45×45cm)
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抜けた青空の中に白い花が咲いていて、柔らかい日差しと澄んだ空気感が漂ってるイメージ。形や線は自然に湧いてきたように描いた。中心から外に向かってしなりながら広がっていく力を感じてもらえたらいいなと思います。切られた画面の外に伸びて拡がっていく形をイメージしてもらえると嬉しいな。むしろ画面の外側に続いていく世界の方が主体と言えるんじゃないかと思うので。

この絵は気持よく描けて気に入ってる。昔から自分の中にあるイメージを描いてみたって感じだから。形や線は落書きでいつも描いてるままだから、自分にとっては一番自然というか、普通のことっていう感じなんだよね。この絵も確か下書きなしのフリーハンドだし。見る人にとっても気持いいとしたら、本当に幸せなことだな。

花の中央にある雌しべや雄しべの部分は、宝石の連なってるネックレスみたいなイメージ。これも言葉では説明しにくいんだけど、こういうものが自分の中にあるので、そのまま描けて満足してる。
お花には生き生きとした力強さと繊細さがあるんだよね。完全さと壊れやすさが同時にあって。自然は偉いね。
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posted by はなほの at 23:50 | アクリル画
2005.02.12

アクリル画:水

画像:水(2003.3 アクリル、板 90×90cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。画像:水(2003.3 アクリル、板 90×90cm)
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この絵は、お風呂で頭まで潜ってて、底に沈んで水面を眺めてる時に描こうと思った。このサイズで見ても分からないんだけど(いずれ拡大画像をHPに乗せられればいいと思う)、青の部分は全部ドットで描いている。アクリルで描いた「雨」という絵も、縦に流れている線に見える部分は、すべてドット。細い筆でひとつひとつ1.5mm前後の丸を描いていくので、結構時間かかった。
前にも書いたけど、私はアボリジナルアートを見てから「これをやりたい!」と思いドットや連続するパターンをイメージするようになった。点の集合は本当に人間を解き放つって感じる。自分で見ても気持いいー…と思うのが幸せなんだよね。

しかしとっても疲れるので、ほんの少しやっては気分転換をして、またやって…という繰り返しだった。これの前に載せた「森」と平行して描いたんだけど、どっちかをやって飽きると(と言うのも何だが…)もう一枚の方に手をつけて、少しずつ進めていった。

この絵は自分で描いた中で、特に好きなんだ。イメージ通りに描けたし。途中で迷わず、初めに思った通りにすんなり描けたから、気持が楽だった。珍しく全体を通して楽しめたって感じ。(描いてる途中で大抵一度は嫌いになっちゃうから…。)色もすごく気に入ってるんだ。
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posted by はなほの at 13:50 | アクリル画
2005.02.01

アクリル画:森

画像:森(2003.3 アクリル、板 90×90cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。画像:森(2003.3 アクリル、板 90×90cm)
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この絵を描くのに、すごく神経使った気がする…。初めから目的がはっきりしてると、決めて描いていけばいいんだろうけど、何かそれだと面白くないから好きなところから埋めていったという感じ。基本的には直線と円な訳だから、あんまり難しいこともないように見えるけど、太いところを描いていって、後から細いところを足していくので、細くなればなるほど奥行きを感じて面白かった。見る人にも、ぐぐーっと奥の広がりを感じてもらえるといいな。
全体をぼんやり見てると丸が浮遊してるような気がしてきて、自分の存在もふわりと軽くなっていくような感じが自分では好き。これを描いてる最中、みん太はよく「ああ〜っ」と言いながら画面に吸い込まれる真似をやってくれた…。この体験を共有してもらえたら楽しいなー。

それにしてもペン画や詩と同じくらいのものとしてここにアップしてるけど、自分にとっては手間が全然違うので、是非アクリル画はゆっくり見てほしい…。絵の具で描くやつは何日もかかってるからなー。詩とかは本当に一瞬なんだけど…。
この絵の丸や直線は全部(他の絵もそうだけど…)フリーハンドで絵筆で、ぶっつけで直接画面に描き込んでいるので、相当いびつなのだった。できる限り丸と直線を目指して、自分で許せる範囲の線を描いたつもり…。丸って難しいんだよね。どうしても偏っちゃう。うまく描けたつもりでも、90度回して見るだけで大分印象変わっちゃう。だから画面を回しながら、ごまかしごまかし、丸に近づけたつもり…。本当はいびつなんだけど、自分にとっては一番安定した丸に収まってるかな?

こんなのパソコンで作れば簡単だし速いんだけど、やっぱり描くのが楽しいんだよね…。他の絵もそうだけど、描いてる間自分が絵の一部の要素になってるような感じで、集中できるのがね。同じことを繰り返すことで何か解放されるみたい。職人ってこういう感じなんだろうな…とか思いながら。
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posted by はなほの at 12:32 | アクリル画
2005.01.28

アクリル画:樹木

画像:樹木(2003.2 アクリル、キャンバス 41×31.8cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。
画像:樹木(2003.2 アクリル、キャンバス 41×31.8cm)
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これはある公募に出品して初めて入選した絵。こういう公募って、出しても滅多に入選しないし、出品にお金がかかったりする(審査料とか搬入出とか)のがアホらしいので最近はしなくなった。こんなの適当な審査員が適当に選んでるだけだからな…。それでもやっぱりこの頃は人に認められたいって思いが強かったので、送られてきたはがきをどきどきしながら見て「入選」と書いてあったのを見た時は、ばんざーい!!と大喜びしたのだった。

この絵は日本の生け花(いけばな)の話をテレビで見ていて、これはすごい!と感動した時にイメージができた。その後は感動のみが残り、正しい内容はほとんど忘れちゃったんだけど、全体を左右非対称の形にするっていう話だった。(対称にする場合もあるらしいけど、その時見たやつはそうだった。)基本の角度が決まってて、左右非対称の三角形を作るみたいな感じで。
それともうひとつは、西洋の花が空間を埋め尽くすものであるのに対し、日本の花はほとんど空間で表現するという話だった。それは日本画や俳句や、日本人の生活すべてに共通する「余白の文化」ということなんだろうと思うけど。

左右非対称のものを見る時って、多分バランスをとるために足りない部分を心の中で補っているんだよね。そうやって見る人が生け花に参加するために、何もない空間を作っているのだろう…。西洋の花のように空間を埋めてしまうと、もうこちらが参加する余地が残らないから。(もちろん埋め尽くすというよさもある。)
詳しいことはまったくわからないから、適当なことばっかり書いて恥ずかしいけど…。わかる人いたら教えて!!

早朝の湿り気を帯びた空気、柔らかい光。気温は高くて、こまやかな雨が降っている……。こういう空気のイメージが昔からあって、すごく気持いいような気がして好きだから描いた。
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posted by はなほの at 13:23 | アクリル画
2005.01.12

アクリル画:空間

画像:空間(2003.2 アクリル、キャンバス 22.7×15.8cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。
画像:空間(2003.2 アクリル、キャンバス 22.7×15.8cm)
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前に日記の「アクリル画について」で、「キャンバスは高いからベニヤに描いた」みたいなこと書いちゃったけど、今これを載せようと思って気がついたのは、キャンバスに描いてる絵もあったということだった。記憶が適当すぎる…。手元に昔まとめ買いした小さいキャンバスがあったので、それに描いたのだった。思い出した。

この絵は小さいので割りとすぐに描き終わって気持ちよかった。先の細い小さな筆で埋めていった。描き終わってこれを見てると、背景と黒が離れているように見えて、手前の黒がレースの布みたいに見えてきて、何か動きそうな気がしてくるので面白かった。実物だとそう見えるんだけど、今モニタで見てもあんまりわからなかった…。
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posted by はなほの at 14:58 | アクリル画
2005.01.06

アクリル画:波

画像:波(2003.2 アクリル、板 90×45cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。
画像:波(2003.2 アクリル、板 90×45cm)
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2005.11.19(19:25)
【追記】
縦長の絵を描きたいというのがあったので、正方形を半分にした形のベニヤに描いた。海や川の水面なんかに映った太陽や月の光が、縦に長く伸びてきらきらと反射するのって綺麗だよねー。夢にもたまに出てきたりするけど。あれはもう完璧にいいものだよね〜。

私は好きな絵や写真を見る時、部屋の電気を消して勉強机の黄色っぽい白熱灯の電球だけ点けて見るのが昔から好きだった。勉強机はもうないけど、今もテーブルに置いて手もとだけ照らす灯り(それを私は「手灯り」と勝手に呼んでる)が好きで、寝床で本読む時とかはやっぱりそれだけ点けてるのが一番落ち着く。
それで、自分が絵を描いてる途中も部屋を暗くしてその灯りだけで照らして見るんだけど、そうやって見ると絵が立体的に感じられて、描きかけの絵でもすごくよく思えたりするんだよね〜。だから描いてて面倒になって逃げ出したくなってる時なんかしょっちゅう暗くして、その絵を手もとの灯りで浮かび上がらせてみて、自信つけようとする。「やっぱりいいかも…」みたいな感じで。

それでなるべく周りはないものと考えて、見てるものが視界のすべてだと錯覚する遊びが楽しい!昔お姉ちゃんか誰かにもらったアフリカのピンクの夕焼けの中にキリンの群れがいる写真の絵はがきを見るのが好きで、ひとりでその景色の中に自分がいると思い込むという時間をずっと過ごしたりしていた…。
私昔からすっごい閉じてて、自分で新しいものに触れたいという意欲がまったくなくて、子供の時なんか特にお姉ちゃんが友達から借りてくるものとか、買ってきた雑誌とかCDとかだけが自分の世界に外から唯一入ってくる刺激であった。自分で選んでないから、誰かが適当にくれたものとかたまたま家にあるものとかが世界のすべてであった。光の届かない海底でじっと餌を待ってる深海魚なのであった。今も!
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posted by はなほの at 02:23 | アクリル画
2004.12.31

アクリル画:雨

画像:雨(2003.1 アクリル、板 90×90cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。
画像:雨(2003.1 アクリル、板 90×90cm)
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2005.11.18(18:38)
【追記】
この絵は夜の雨をイメージして描いた。雨音を聴きながらお布団の中で想像する外の世界。できれば無限に大きい画面にこの絵がずっと連続していって、視界をこれで満たすことができたらいいなーと思う。

いつも絵が完成するとまず初めにみん太に見せるんだけど、説明しなくても完全にわかってくれて、私が意識してなかった部分も言ってくれて私が「そうか!なるほど…」となる。これだけ一緒にいて脳を共有してたら当たり前かもしれないが。それで他の人に見せるといきなり「この部分は何を表しているの?」「これは一体何?」とか質問されて「え?え?」とたじろいでしまうことがよくある…。絵について訊かれても答えに窮するな〜。描き終わると過去のことになっちゃって、特に自分で満足してる時ほど解説する気が失せるんだもん。言い訳するつもりじゃないけど、責任を取れないようなものの方が、自由になれたってことなんじゃないかと思うんだよね。つまり何でこんなものを描いたのか自分でもよくわからん…というのが正直な答えであった。面接、口答試問、裁判…、うまく答えられる奴が正義なのか?思ってもいないようなこと平気で喋れるような人間が偉いのか?くそー…。私は義理笑いができない。コミュニケーションを円滑にするための嘘がつけない。人前で堂々と価値あるものとしての振る舞いができない。うじうじ…。人間社会、生き辛いなあ…。
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posted by はなほの at 03:54 | アクリル画
2004.12.30

アクリル画:音楽

画像:音楽(2002.11 アクリル、イラストボード 59.4×84.1cm) 絵をクリックすると大きい画像のアクリル画ギャラリーに入ります。
画像:音楽(2002.11 アクリル、イラストボード 59.4×84.1cm)
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2005.11.14(18:00)
【追記】
イラストボードというものを初めて使ったんだけど、薄いのに丈夫でとてもよかった。固い厚紙みたいなもの。普通の紙は折れないように気を使わなきゃならないし、キャンバスは木枠に布が張ってあるから尖ったものでも当たったらへこんだりして危ない(ものの扱いが乱暴だった)。その点イラストボードは軽いし折れにくいので、イーゼルに乗せてくるくる向きを変えながら描くには便利であった。

この絵は実は全体を丸で埋め尽くすつもりで描き始めたんだけど、あるイベントに展示するのに間に合わなかったという理由でこの状態で終わった。(そんなのばっかりだけど。)当日の朝まで徹夜で丸を描き続けたんだけど結局終わらず…。
間に合わない!!いつも…いつも…、何ひとつ!人との約束の前日は必ず徹夜になる。自分で決めた約束、自分で入れた予定、自分で応募した公募の類…、結局満足に準備して臨んだことが、人生で一度もない!!当日が迫るにつれてどんどん後悔がつのる。そして当日直前まで準備に追われている。泣きながら…。締め切りの数分前になっても完成が見えないという冗談みたいな状況に、ふと他人事のように感じたりする。そして本番は死ぬほど体調が悪い。おええっ。ぐず。私みたいな人って、どうして周りにいないのだろう?

しかしこの絵に関しては、結果的にこの方が動きがあってよかったと何人かの人が言ってくれて、そう言ってもらっているうちに自分でもよかったような気がしてきた。…ので、よかった!!(こうやってさっきまでの自分の惨めさをすぐ忘れようとするから繰り返すのか?)

そういうつもりで描き始めたわけじゃないんだけど、泡みたいな感じになった。液体の表面でしゅわしゅわしゅわしゅわ〜っと。泡粒同士がいたる所で引き合ってくっ付いて、泡が弾けて消えたところを埋めながら、全体がざわざわと動き続ける。
泡のひとつひとつは存在。自分が小さな泡のひとつで、全体の広がりの中に見失われる。果てしなく大きな宇宙の秩序に、ひとつの点は完全な全体となる。

タイトルの「音楽」は、実は自分でつけた訳じゃなくて、この絵を見てくれた方が「この絵には音楽を感じます」って言ってくれたので、そのままつけました。何しろこれを展示した当日、会場に向かいながら「何てタイトルにすればいいかな〜」ってすっごい悩んでたんだけど結局決まらなかったのだった。何て言うか、この絵で言いたいことは生活の延長であって、時間、存在、感覚、宇宙、世界…すべてで、どれかを言ってしまうとバランスが悪いような……。それで、それを表す違う形のものに代弁してもらうみたいな感じで、「音楽」は丁度よかったかもしれない。

この絵についての文章はマグカップとマウスパッドの販売のお知らせ(画像:エクスタシー)にも書いたことがあるので、よかったらそちらも読んでください。
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posted by はなほの at 08:23 | アクリル画